何を話したかなんて正直憶えていなかった。










怪我が治りたてで・・・しかも、急激に身体を動かそうとしたせいで、すぐにまた寝る羽目になったから。










でも、これだけは心に残ってる。










心配してくれる言葉が懐かしかった。










敵意のない会話が楽しかった。










気遣ってくれる行為が嬉しかった。










どれも何気ないことなのに、







もうどれだけの日々味わってこなかった優しさが、







もう失ったと思っていた大切なものが、







帰ってきたように感じて・・・、







泣きたくなるくらい嬉しかった。

























アルシャードガイア

       夜明けの風

          第二話「日常の欠片」






























目が覚めると辺りに違和感を感じる。

暖かな部屋、やわらかなベット。久しく味わっていなかった懐かしい何かが思いだされた。

(ここは・・・そうか。俺は・・・助けられたんだったな)

起き上がろうとすると身体の一部に痛みが走る。

(傷は治っているようだが・・・まだ動くには支障が出るか)

周りを見回すと近場に服が置いてあった。

着ていた服はすでにボロボロだっただろうから、代わりに用意してくれたのだろう。

(見ず知らずの俺なんかにまめな奴らだな)

だが、心の何処かが暖かくなる。それも何年ぶりの感覚であろうか。

その中に錆びた水晶のネックレスも置かれていた。

一見普通に見える水晶だが、錆びはこびり付いた感じで剥がれそうにない。

手早くそれらを身に付けて部屋から出る。

扉を開けると朝食の準備をしているのだろうか、いい匂いがした。

朝、起き上がれば料理の香りがしてくる・・・まるで昔にでも戻ったような錯覚に陥る。

まだこんな感情が心の底に残っているとは・・・そんな自分のしぶとさに感心する。
これが普通なのにもう普通と感じられない、そんな自分の心にうんざりする。

だがそんな光景の端からこちらを見張る気配を感じる。

敵意・・・というにはまだ薄いが、それでもこちらの一挙一動を見逃さない視線を感じる。

(・・・見張られてるな。さすがに見ず知らずの人間を野放しにするほどお気楽な連中ではないか)

見張る視線以外にも、台所に誰かがいるのが見えた。

「あ、戌亥さん。おはようございます」

部屋から出てきた俺に気づいたようで、はやてがこちらに近づいてきた。

「八神・・・だったな。おはよう」

「はやてでいいですよ。うちのことはみんなそう呼びますから」

「なら俺の方も巽でかまわん。苗字で呼ばれるのは好きじゃない」

返事をしながら、リビングを見回して視線の出所を探る。

するとソファーの陰から青い毛をした動物がこちらを見ていた。

「あれは・・・犬か?」

犬、という言葉を聞くと何故か顔をしかめたように見えた。

はやてもそれを聞くと笑い出す。

「あはは。この子はザフィーラいいます。いちよう・・・犬じゃなくて狼なんですよ」

「狼・・・ねぇ」

はやてがザフィーラに近づき頭を撫でやると、しかめっ面が直った気がする。

「戌亥・・・巽さんはもう怪我の方はいいんですか?」

「おかげさまでなんとか動けるくらいにはな」

「そりゃよかった。もうちょい待っててくださいね、朝ご飯作っちゃいますから」

はやては一人で台所に向かおうとする。

そんなはやてを見て少し考えると、後ろに回って車椅子の取っ手を握る。

「少しくらい俺も手伝おう。助けられてばかりでは悪い」

「そんな、気にしなくてええのに・・・」

「それじゃ俺の気がすまないのでな。それに久しぶりに作って見るのも悪くはない」

少し強引にはやてを無視して車椅子を押そうとすると、後ろから殺気に似た気配を感じた。

見ると、ザフィーラがいつでも飛びかかれるように姿勢を低く構えていた。

(少し説明がいるか。はやての手前、口に出すのも気が引けるし・・・通じるかわからんがあれをやってみるか)

自分の胸元にある水晶のネックレスに意識を集中させる。

ただの水晶にしか見えないであろう、自分のシャードへと。

シャードを通して何かが繋がったように感じる。

繋がった先・・・ザフィーラに向けて話しかける。

《そう殺気立つな。ただ料理を手伝うだけだ》

《な?!貴様・・・魔法が使えるのか!》

《この程度ならな。安心しろ、恩人に手をあげるほど腐ってはいない》

ザフィーラは少し悩んだ様子を見せると、ゆっくりと床に伏せる。

(未だに警戒は解いてないようだが、手伝うことは認めてくれたようだな。

 それにしても魔法・・・か。あの治癒力といいそこの犬といい、こっちの世界にもあるんだな)

苦笑いを浮かべていると、はやてが動かない俺を心配そうに見てくる。

「巽さん、どうしたん?」

「いや、何でもない。それじゃ手早く終わらせようか」

「んー・・・それじゃお言葉に甘えて、手伝ってもらおうかな」

車椅子を押しながら、台所に向かった。
































誰かがリビングに向かってくる気配がした。

振り向くと、そこには我らが将・・・シグナムが立っていた。

《起きたか、シグナム》

《昨日は任せてすまんな。あれから何か変わった事は?》

《特に何も無かった。あの者・・・戌亥も朝まではずっと眠り続けていた》

シグナムは台所の方を見る。

そこには戌亥が主と一緒に料理をしているのが見える。主はいつもより嬉しそうだ。

《・・・なぜ戌亥が主を手伝っている?》

《昨日の恩を返す・・・つもりなんだろう》

《ヴィータとシャマルはまだ寝ているのか?》

《ヴィータは昨日の蒐集で、シャマルはここのところ戌亥の回復魔法のせいでで疲れていたからな。

 まだ寝かしておきたいのだが・・・》

昨日、あの騒動が終わるとヴィータは一人蒐集に出かけた。

シャマルは戌亥の回復に手を尽くしたおかげで魔力不足、シグナムは主の護衛、私は戌亥の監視で手が放せなかった。

そのせいで一人無理したヴィータはくたくたになって、はやてのベットで未だに寝ている。

その手当てにまたシャマルも力を使い、今日は珍しくはやて一人で料理をしていた。

《何かあったのか?》

《・・・先ほどな。どうやら戌亥は魔法が使えるようだ》

《それは本当か?!》

《先ほど思念通話を送られた。ただ、我々の使うものとは少々異なるように感じたが・・・》

《シャマルを寝かしておくわけにはいかなくなったな》

すぐにシグナムはシャマルに思念通話を繋げる。

《シャマル。・・・起きろ、シャマル!》

《・・・え、シグナム?・・・は!あああ、ごめんなさい!寝坊しました!!》

《今はそんなことはいい。少し調べて欲しいのだが、昨日の夜から結界が破られた様子はあるか?》

緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、シャマルが落ち着きを取り戻す。

《ええっと、ちょっと待って・・・。うん、だいじょぶみたい。特に異常は見当たらないわ》

《家の中から外への通信が送れる可能性は?》

《私達以外のものは完全にシャットアウトするからだいじょうぶだけど・・・なにかあったの?》

それに少し安堵したのか、シグナムの口調が落ち着く

《どうやら彼にも魔法が使えるらしい》

シャマルが慌ているのがこちらにも伝わってきた。

《?!・・・分かったわ、結界をもう少し強化しておく》

瞬間、家の周りに張ってある結界が強度と性質を増す。

《あと、戌亥の持ち物の正体は分かりそうか?》

全身ぼろぼろになっていた怪我人。その彼が服以外に唯一身に付けていたペンダントと指輪。

どう見てもこの世界の物ではなく、ただの装飾品にしては材質も分からない。

異世界の鉱石を加工したもの・・・にしては人の手が加わったようには見えない代物。

色々な世界を巡った我々すらも見た事のないもの。

そこで戌亥の意識が戻る前にシャマルが一度調査していたのだが・・・。

《ううん・・・だめみたい。闇の書にも引っかからないし、どこの世界のものかも分からないわ。

 ただ・・・これはあくまで予測なんだけど。あれは・・・ロストロギアに近いものだと思う》

《まさか?!それほどの力は感じなかったぞ?》

《そうなんだけど・・・ごめんなさい。本当によくわからないのよ》

《どちらにせよ手がかりはそれしかない。続けて調べてくれ》

《蒐集の方はどうする?戌亥の監視も考えなければならんぞ》

《それについてはヴィータを起こしてから話そう》

そう言って、シグナムはヴィータを起こしに向かった。



























































どこからか声が聞こえる。

「・・・・い・・・げん・・・・・ろ・・・・・・タ!」

声に導かれ、意識が少しずつ目覚め始めた。ただそれでも昨日の疲れが引きずって意識がまとまらない。

(昨日は異世界であった管理局の局員に出くわせたおかげで4ページも埋まったんだよな。

それで帰ってきてからすぐに寝ちまって・・・・・・・・どうしたんだっけか)

「いいかげんに起きろ、ヴィータ!」

「あ〜・・・ぅん?」

気づけば目の前にシグナムがいた。

「起きたか。もうそろそろ朝食が出来上がるぞ、早くリビングに来い」

「ぉぉ〜・・・」

まだ頭に霧がかかったようにはっきりしない。

寝巻きのままリビングに出て、席へと向かう。

「おはよ〜・・・」

「あ、ヴィータ。おはようさん。今日は随分お寝坊さんやね」

いつもと同じような・・・でもなんか違うような楽しそうなはやての声が聞こえた。

席に座りつつはやてがホットミルクを持ってきてくれるのを待つ。

ここのところ朝起きるといつもはやてがホットミルクを入れてくれた。

寝起き飲むとすげー身体が温まるから大好きで毎日の楽しみにしている一品だ。

内心楽しみにしながら待っていたのだが、今日はなかなか持ってきてくれない。

気になって重い瞼を懸命に開きつつ台所を見たらで・・・あいつがいた。

いまいたくみ・・・いりいたくや・・・いしいたつ・・・あー、もう!あいつでいいや!

(とにかく、なんであいつがはやてと楽しそうに台所で話てたんだ!)

はやては会話に夢中になってて・・・本当に楽しそうにあいつと話してやがった。

そんな二人を見てたらなんかムカムカしてきて怒鳴りそうになったところを・・・あいつが気づきやがった。

その視線を追うようにはやてもまた、こちらに気づく。

「あ!ごめんなヴィータ、ホットミルク出し忘れてて・・・」

慌てて準備しようとするはやてだけど、その動きは普段に比べ危なっかしい。

「俺がやっておくから、はやては続きをやっててくれ」

少し強引にはやてを留まらせ、手早くあいつが準備をしていく。

そしてあたしの前にあいつの作ったホットミルクが出された。

ホットミルクは好きだけど・・・あいつが作ったものなんだよな・・・。

「ぅぅ〜・・・」

「睨んでないで早く飲んだらどうだ?」

手に取り一口飲んでみる。

むかつく・・・むかつくんだけど、はやてのよりも飲みやすく・・・少し甘かった。

「・・・おいしい」

「そうか・・・ゆっくり飲めよ」

あたしが飲む姿をあいつは何故か満足そうに見て台所に戻っていく。

それを見ていたはやても嬉しそうに笑っていたしていた。

台所に戻るとまた二人は話しながら準備を始めていた。

確かにおいしかった。おいしかったけど、楽しそうに話してる二人を見ているとまたむかついてきた。

いきなり現れてもうはやての傍にいる・・・それははやての性格もあるが、そこは自分たちの場所でもある。

《ヴィータ、朝からそんなに殺気立つな。主はやてに気取られるぞ》

《わーってるよ。・・・もうしねぇ》

《それより、さっきのことを話した方がいいんじゃない?》

《さっきって何が起きたんだよ?》

寝ている間に起きた出来事・・・あいつが魔法を使えるという事実。

《ぉぃ・・・ほんとにあいつ、ここに置いててだいじょぶなんだろうな?》

《もう終わってしまったことを言ってもしかたないわ。これからどうするか考えないと・・・》

まだ何か考えているような・・・悩んでいるようなシグナムを睨み付ける。

《しばらくの間は蒐集は一人ずつの交代でいこう。シャマルは主はやての護衛を頼む》

《分かったわ》

《我らはどうする?》

《戌亥の監視は家ではザフィーラに任せる。もし外にでたら私とヴィータが付くことする》

《ふむ、それが妥当か》

《あたしら二人で付くのか?あんな奴一人で十分だろ》

《まだ戌亥がどんな力を持ってるか分からないんだ、警戒するに越したことはない》

《そうね・・・さっきの魔法といい、他にも使えるかもしれないから一人じゃ危険だわ》

《でもそれじゃ蒐集に遅れがでるじゃねぇか・・・》

《ならば、戌亥が外に出ている時は俺が蒐集に向かうことにしよう》

《一人一人の負担が増えるが・・・それしかないか》

あいつが来てから何かが変わろうとしている・・・それははやての為になるのかもしれない。

だけどもし、あいつが敵だったら・・・はやてはあいつがいなくなった時、悲しむだろうか。

どっちにしろ、あいつが何者か分からなきゃ始まらない。

《へっ、だったらあたしがあいつの化けの皮を剥いでやるよ》




あいつがこの生活を壊す奴なら・・・あたしは容赦なくあいつを殺してやる。