思えば・・・油断していたのかもしれない。 これが最後の仕事になると、心の何処かで油断が生まれていたのかもしれない。 アルにアリスが何かを持って近づいてきた。 アリスが持ってきたのなら安全と思ってしまった・・・。 いや・・・それが狙いだったんだろう。 だが、そうなってしまってはやれることはただ一つしかなかった。 俺の仕事はアルを守ることで・・・例え俺の命が散るとしてもやらなければならないことだから・・・。 目の前の光景がモノクロになる。 目の前の少女から荷物を奪い取り・・・爆弾を身体で覆いかぶさるところまでは記憶にある。 そこから先は覚えてないが・・・どうなったかくらいは想像がつく。 俺の・・・本当に最後の仕事になってしまったということが・・・。 恭也・・・すまん。稽古はもうつけてやれそうにない。 最近はまともに打ち合えるようになって、そろそろ奥義の一つでも教えてやろうと思っていたんだがな。 俺がいなくなっても、強く生きていくんだぞ。 美由希・・・ごめんな。お前との約束は果せそうにない。 帰ったら・・・御神流を教えてやるって約束だったのにな。 結局、俺は不甲斐無い父親にしかなれなかったな。 桃子・・・せっかく子供ができるってときに・・・傍にすらいられなくてすまん。 店を立ち上げて・・・これからは護衛の仕事を控えて、喫茶店を盛り上げていこうって言ったのにな。 必ず帰るって約束したのにこの様だ・・・ほんとうに情けないな。 自分の子供の顔すら見れないで死ぬのは・・・正直後悔している。 だが・・・守りたかった友と、その子供たちを守れたのなら十分だ。 俺の死は無駄じゃない。あの子達が代わりに紡いでいってくれるはずだ。 俺の剣は、人の為になっただろうか? 俺の想いは、どんな形になっただろうか? 俺の息子は、どんな道を歩んでいくんだろうか? 悔いが残ろうがもう戻る事はできない。 それでもやはり気になるのは、俺も人の子だったということだろう。 そんなとき、声が聞こえた。 《汝、その内に力を持つ者か?》 空耳だと思った。こんな死の瀬戸際なんだ、走馬灯のようなものなんだろう。 だが、それと同時におかしなことにも気づいた。 身体に痛みがない・・・いや、感覚すら感じなかった。 意識はあるが、身体そのものがなくなったような・・・不思議な感覚だった。 《汝、その内に力を持つ者か?》 よく聞くと凛とした、だが腹にまで響くような声だった。 聞いているだけで心が見透かされるような不思議な声・・・。 ただ、不思議と嫌じゃない・・・そんな声だった。 そのおかげか、こんな状態なのに心が落ち着いてきた。 その声に導かれるように、自然と自分の内を・・・自分が歩んできた道を思い返した。 自分の根底、原点であろう力と想い。 御神不破流皆伝・・・守るべき人の為に、他を殺す力。俺が俺である力。 《汝、その内に信念を宿す者か?》 守るためならば血を流すことぐらい覚悟は出来ている。 俺が振るう力は所詮は人殺しの業だ。誰もを救うことなどできるものじゃない。 だけど、俺が切り開いていくことで守られる人がいる。・・・救える人がいる。 俺が汚れることだけで大切な人達を守れるならば、どんな汚れも引き受けよう。 それが自分の歩んできた道であり、自分が信じた道だから。 《汝、その内に想いを募らせる者か?》 他人を想う。それはある意味、俺とはかけ離れた場所にある言葉だ。 他人を斬り、他人を殺す俺がそんな気持ちを抱くことは許されるのだろうか・・・そう思った時もある。 それでも・・・変わらずある想いだけはこの内に存在する。 息子が強くなっていく姿を見るのが楽しかった。 小さい頃から無茶な旅に連れまわした。そのせいで大人びたところもあるだろう。 多少の無茶ならついてきて、そしてどんどん強くなってきている。 あいつなら、いつか俺に追いついて・・・そして更なる高みに上るだろう。 娘が剣を学びたいと言ったのが嬉しかった。 妹から預かった娘だが・・・もう自分の娘のように思っている。 そんな娘が俺達のいる場所に着たいと言ったんだ・・・嬉しくないわけがない。 静馬や美沙斗が教えたかったであろうことを伝えられないのは・・・ともて悔しい。 大好きな人が隣にいるのが・・・幸せだった。 一度は別れた身だが、やはり好きな人といるのは格別だった。 傍にいたい・・・ずっと命の続く限り、共に歩んでいきたい。 もう願っても遅いのだろうが・・・そう思わずにはいられなかった。 《・・・・・・》 声に出した訳じゃない・・・が、何かを感じ取っているのだろう。 謎の声が何かを決意したように告げる。 《汝、我を担うに相応しい者と認めよう。 その命、もう一度輝かせてみる気は無いか?》 夢・・・とはいまさら思えなかった。だけど、耳を疑ったのも確かだ。 「なぜ俺なんだ?・・・言っちゃなんだが、もう死にかけている身なんだがな」 《我にはやらねばならないことがある。 その為に汝の力を借り受けたい。代わりに我は汝に命を提供しよう》 悩む。死にかけていることを否定しないのは、俺はもう戻れないところまで着ているのだろう。 だからこそ悩む・・・この話に乗るか降りるかを。 ふと浮かぶのは・・・必ず戻ると言った妻と、剣を教えると約束した子供たちの顔。 大切な人にまた会える・・・その希望に心が蘇る。 「俺は・・・約束を果せるのか?」 《それは汝次第だ。だが、可能性はあるだろう》 ならば・・・歩む道は一つだけだ。 男は笑う。喜びを込めて。 「・・・いいだろう。俺の力を貸してやる。 こんな古臭くて血塗られた業が、まだ人の役に立つというのなら・・・俺は約束を守る為に立ち上がろう」 声は答える。吼えるように。 《ならば、我は答えよう。 汝の力になり、その信念に従い、その想いを叶えるために傍を歩むことで》 その声と共に、白い光が俺を包んでいく。 《我が名は斑鳩。我は常に汝のそばにいる。 必要になった時に我が名を呼べ。》 白い光は次第に強くなりながら俺を包んでいく。 それに伴い、身体の感触が戻ってくる。 不思議なことに爆発でおった怪我もなく、逆に身体が若返った気がするくらいだ。 だんだんと五感が戻るにつれ、風が吹いているのを感じた。 そして俺は、再び世界に舞落ちた・・・。 「・・・って、なんで地面じゃなくいきなり空に放り出されなきゃいかんのだーーーーー!!」 そんな叫びを伴いながら、俺は森の中に墜落した。